死のうと思うあなたへ

 

 

 

 

 

人間生きてりゃきっと
いっぺんくらいフワァーっと死にたいな~
と思ったことがあると思う。

 

 

 


人生の壁にぶち当たった人は余計
死にたいと思うことがあったと思う。

 

 

 


今、死にたいと思ってる人は
その死にたい気持ちを否定しないで欲しいと思う。

 

 


こんなことで死にたいなんて自分は甘いとか
「自分」が感じている辛さを否定しないで欲しい。
何が辛くて、何が耐え難いかなんて人によって違う。

 

 


だから、死にたいと思ってる自分は、確かに苦しい思いをしていて、それは誰も否定する権利なんてない。

 

 

 

 

 


だから、死んでもいいと思う。
苦しくて、悲しくて、この世が嫌になって、もう自分がこの世で1番不幸だとしか思えなくなってまで生きてる事は無いと思う。

 

 

 


そんなに耐えてる人に、生きろ!なんて
誰も言えないはずだから。

 

 

 


でも、わたしはそうやって死にたい気持ちに襲われている人に、死に損なってほしいと思う。

 

 

 

 


私の好きな歌の歌詞に
「僕が死のうと思ったのは 靴紐が解けたから」
というのがある。

 

 

 

 

 


私はこれが本当に、死ぬ事の真理がある気がする。
本当に死ぬときは、靴紐が解けたことがきっかけでも死ぬんだと思う。
日常のどんなことでも、死ぬきっかけに成りうる。

 

 

 


だからこうして、私の文章を読んでくれている人が、これをきっかけに死ぬこともあるだろう。

でも、こうして文章を読み進めてくれたあなたは今、死に損なっている。

 

 

 


この文章を読んだあと、あなたは時間の無駄だったなぁと、スマホを放り投げて眠りにつくかも知れない。
はたまた、その後、ふと思い立ってコーヒーを啜っているかも知れない。

 

 


その瞬間も、死にたいあなたは死に損なっている。

 

 

 


だから、わたしはあなたに死に損なってほしい。


朝起きて、歯磨き粉を出しすぎて死に損ない


何気に見た朝の占いで1位をとって死に損ない


仕事にいって、叱られても死に損ない


家に帰って晩酌をして死に損ない


シャンプーを2回してしまっても死に損ない


また布団に入って死に損ない


再び朝が来たのに死に損ない


死に損ない続けて、いつか死に損なえない所まで。

 

 


もがいて苦しんで、それでも考える事をやめない人に
生きろというのは残酷すぎる。

だから私はあなたに、死に損なってほしい。
私もこうして文章をかいて、誰かに何かを伝えて、なんとか死に損なっている。

 


どうか、死のうと思うあなたが
一人で立ち向かうあなたが
死に損なって、死に損なって
いつか自分で生きてる、と思えますように。