死のうと思うあなたへ

 

 

 

 

 

人間生きてりゃきっと
いっぺんくらいフワァーっと死にたいな~
と思ったことがあると思う。

 

 

 


人生の壁にぶち当たった人は余計
死にたいと思うことがあったと思う。

 

 

 


今、死にたいと思ってる人は
その死にたい気持ちを否定しないで欲しいと思う。

 

 


こんなことで死にたいなんて自分は甘いとか
「自分」が感じている辛さを否定しないで欲しい。
何が辛くて、何が耐え難いかなんて人によって違う。

 

 


だから、死にたいと思ってる自分は、確かに苦しい思いをしていて、それは誰も否定する権利なんてない。

 

 

 

 

 


だから、死んでもいいと思う。
苦しくて、悲しくて、この世が嫌になって、もう自分がこの世で1番不幸だとしか思えなくなってまで生きてる事は無いと思う。

 

 

 


そんなに耐えてる人に、生きろ!なんて
誰も言えないはずだから。

 

 

 


でも、わたしはそうやって死にたい気持ちに襲われている人に、死に損なってほしいと思う。

 

 

 

 


私の好きな歌の歌詞に
「僕が死のうと思ったのは 靴紐が解けたから」
というのがある。

 

 

 

 

 


私はこれが本当に、死ぬ事の真理がある気がする。
本当に死ぬときは、靴紐が解けたことがきっかけでも死ぬんだと思う。
日常のどんなことでも、死ぬきっかけに成りうる。

 

 

 


だからこうして、私の文章を読んでくれている人が、これをきっかけに死ぬこともあるだろう。

でも、こうして文章を読み進めてくれたあなたは今、死に損なっている。

 

 

 


この文章を読んだあと、あなたは時間の無駄だったなぁと、スマホを放り投げて眠りにつくかも知れない。
はたまた、その後、ふと思い立ってコーヒーを啜っているかも知れない。

 

 


その瞬間も、死にたいあなたは死に損なっている。

 

 

 


だから、わたしはあなたに死に損なってほしい。


朝起きて、歯磨き粉を出しすぎて死に損ない


何気に見た朝の占いで1位をとって死に損ない


仕事にいって、叱られても死に損ない


家に帰って晩酌をして死に損ない


シャンプーを2回してしまっても死に損ない


また布団に入って死に損ない


再び朝が来たのに死に損ない


死に損ない続けて、いつか死に損なえない所まで。

 

 


もがいて苦しんで、それでも考える事をやめない人に
生きろというのは残酷すぎる。

だから私はあなたに、死に損なってほしい。
私もこうして文章をかいて、誰かに何かを伝えて、なんとか死に損なっている。

 


どうか、死のうと思うあなたが
一人で立ち向かうあなたが
死に損なって、死に損なって
いつか自分で生きてる、と思えますように。

 

 

 

モヤモヤ解体新書

家を飛び出し、仕事に復帰し

気がつけば1ヶ月が経った。

あの発覚から過ごした悪夢の1ヶ月と本当に同じ期間なのか?と驚愕するほどあっという間だった。

気持ちはとても楽で、娘との生活は大変ながらも落ち着いていた。

でもどうも、ぽっかり穴があるような、モヤモヤする感じがずっとある。

感情というものが、こんなにも複雑なものなのかと思う。

自分でも全く整理がついていないので、少しだけ考えてみようと思う。

 

 

整理しよう。

 

私はいつも考えが 纏まらない時は、おもむくままに感じていること、考えていることを書き出し、そこから関連していることを繋げていくという作業をよくする。

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自分の中から出てくるものを、何となく書いては繋げ、書いて繋げていく。

(字がとても汚いので恥ずかしいです。)

 

そうして整理していくと、分かってきたことがある。

そして、初めに結論を言うと

『私は未練タラタラである』

ということだ。

さらに言うと、その未練タラタラな自分に自分自身が苦しめられてるということだ。

 

 

ともかく、整理の中で出てきた要素を考えていこう。

 

 

自責の念

これは、割と自覚出来ている部分だった。

自分の行動は本当に正しかったのか。

ここでいう正しいというのは、私にとってという事と、娘にとってという事だ。

私が本当に限界で、今は本当に楽になって、笑顔になって、周りからも「離れて正解だ」と言われることも多い。

 

でも、娘にとってはどうだろう。

父親のいなくなる娘は、私をどう思うだろう。

1度の、しかも娘の幼い頃の不倫で離婚を決めた私を、耐え症のない奴だと思うだろうか。

現実、そう考える時点で、私はそうして自分を責めているのだと思う。

自分に出来ることは無かったのか、どうにか相手を変えることは出来なかったのか。

これはもう、どうしようもない性というか

職業病というか

答えの出ない問題の、答えを探し続けてしまうのだと思う。

答えのない問題なんて、見切りを付けて投げ出せばいいのに、それが出来ないのが、自分で自分の首を締めているのだ。

 

 

 

アイデンティティの消失

なにせ私は夫に心底惚れていて、馬鹿な女の私は夫の好きな服を着て、夫の好きなメイクをして、夫の好きな髪型髪色にして、夫の好物を作って、夫の帰りを待つような女だった。

自慢などではなく、ただの自嘲だ。

なにせ夫と出会ってから、夫にもっともっと好かれたい一心で、夫に言われたことは何もかもやった。夫が好きな物を、私も好きになった。

逆に言えば、自分が好きなものでも、夫が嫌といえば、すべて捨ててきた。

そんなことをしてきたものだから、ふと1人になった時に、自分の輪郭がぼやけ切ってしまっていて、夫と自分の境目が分からなくなってしまっていたのだ。

 

 

私、何が好きだったけ。

私って、どんな人間だったっけ。

 

 

自分が今までどう考えて、どう感じて、どう生きてきたか、全て忘れてしまった。

夫の趣味嗜好という借り物で出来た自分に、全く自信が持てない。

何故ならば今の私は、夫に褒められるために出来た自分だから。

夫に褒められる必要がなくなったら、私は今、空っぽなのだ。

だからこそ、とても落ち着かなくて焦る。

自分の好きなものや、やりたいことを早く取り戻して、この空っぽな自分をどうにかしなければ。

自信がなくて、ソワソワして、土に埋まっていたくなる。

でもそんなわけにもいかないので、早く自信を取り戻したいと、焦っているのだ。

 

 

救われないままの過去の自分

私はこれが1番、今の自分を苦しめているのだと思った。

前述の通り、私はなんだかんだ頑張っていた。

夫を本当に本当に愛していたし、ずっと愛されたいと願っていた。

でもそれは結局、裏切りという最悪の形で必要なくなってしまった。

 

努力していた日々、夫を愛していた日々が、なんの意味もなかったんだと思ってしまう。

 

だから、過去の自分が宙ぶらりんなのだ。

もう今更、愛されたとしても、なんの意味もないと、今の自分は思っているのに

愛されたかった過去の自分が、完結出来ないままなのだ。

あの、報われなかった日々を、受け入れられていないのだ。

 

 

 

そんなこんなで、私は「未練タラタラ」なのだ。

そうして、最後にもうひとつ、この「未練タラタラの自分」を許せないことも、自分を苦しめているのだと、書いていて気づいた。

なんとか夫を大っ嫌いになって、そんな未練を振り切らなくてはと、自分に強要するから辛いのだ。

 

 

最後に

 

夫を大っ嫌いになろうとしなくていい。

今も全く好きじゃないかと言われると、嘘になる。

でも、それは宙ぶらりんの愛されたかった過去の自分のせいだ。

たとえ違うと言われても、そういうことにして、自分を許そうと思う

 

自分は十分頑張った。

戻ることは絶対にない。一緒にいることは、もう私にはできそうにない。

今のもやもやは、きっとしばらく消えない。

でも、得体の知れないものではないと分かっただけで、気は楽になった。

あとは、馬鹿な自分を受け入れて、娘と自分のことだけ考えよう。

少しずつ、好きなものを見つけて、ややりたいことをして、自分らしさをもう一度取り戻そう。

未練を持っててもいいから、前に進んでいけば、きっと、いつかは幸せだって胸を張って言える時が来るはずだ。

 

狼狽えるな、踏ん張れ自分。

別居、覚え書き。

別居実践編を、つらつら書いていきます
あくまで自分の経験と反省による記事なのであしからず……

現在調停中ゆえ、ぼかしてたり書けなかったりする部分があります……!ご了承ください……!

 

 

準備編

まず初めに世知辛いですが
お金が結構かかります。
そうまずここの問題をクリアすることが第一の壁でした
では一体いくらあればいいか
例として私は弁護士費用とは別に
ざっと30万用意しました
(既にお仕事されている方ならもっと少なくていいかもしれませんが……
無職の期間が少しあったので……)


円満に、というか話し合いが出来て、別居となれば
家財道具や食器、様々持ち出しが可能だったはずなので…
私のように我慢の限界ダーーーーーー!!
と飛び出すのは結構損な感じになります……

 

 

 

準備編その②

お金と覚悟と気合いを持ってスタートラインです
初めに持っていけると良さそうなものとしては

 

 

・現金(ちょい大目に…)
スマホ、充電器
・通帳印鑑
(使い込みが懸念される時にはお金の移動)
・保険等の約款や契約書類
・年金手帳、マイナンバーカード
・結婚前の自分の貴金属や家電
(結婚後に購入したものなどは、共有財産としてカウントされる場合があり、勝手に持っていくとのちのち面倒なことになったりする模様)
・有責事項がある場合にはその証拠
・子の登園グッズ、関係書類
・その他写真や思い出の品などなど……

 

 

洋服はがさばるしちょっとでいいかな~という印象です。
ギリギリ着まわせるし、あとから余裕が出たら買い足せばよいので。


結婚前から貧乏が長く、極限生活を何度か経験してますが、家電は

 


最悪冷蔵庫があればセーフと思ってください(*あくまでも主観です!)

 


洗濯機?溜めてランドリーにぶち込んで濡れたのを持って帰り干します。
電子レンジ?意外となくてもどうにかなります。
テレビ?しばらく我慢しましょう。
一人暮らしだと正直冷蔵庫だけでやってけるんですけど、子どもがいると炊飯器がマストだなと今回感じました。笑

 


スタート何ヶ月かはコレでいけます。(たぶん……)あとは限界を感じた順に買い足していけばよいかなと……

 

さあそれではいよいよ家出の準備です。
頼れる実家など出た先がある方は、家を出てから考えれば十分間に合うのですが
そうじゃない場合、まず物件を決めること!
私がこだわったのは

 


1.即入居可物件
2.保証人不要、もしくは保証会社での入居ができる(保証人頼める方はこだわらなくてよいかな)
3.ガス、電気、雪国は灯油などランニングコストとして安上がりなところ(住んでいる地域によるが、プロパンガスが高かったり、雪国は灯油が自分で足すタイプだったりすると割りと地獄……)
4.子が住める程度に衛生的で、家賃が安い(私は水周りが綺麗なことにこだわりました)

 

 

それで、即入居可の物件でも契約の関係上、少なくとも1週間程度はかかるようなので

できれば家を出る前に契約、入居可となってから出た方が心配事は少ないと思います……!


私は最低限の荷物を持ち、引越し業者に頼まず、まとめた荷物を車にポーイ!で引越しの初期費用は15万程度で済みました。

 

 

これって大丈夫なの……?


家を出る時に私も悩んだのが


「娘を連れ去ったと言われないか」


弁護士さんに聞いたところ、奥さんが子どもを連れて家を出るのはよくあることで、実際訴えられることは少ないらしい……
子どもを連れて家を出ることを直接宣言、もしくは置き手紙などで残しておけば基本問題はないようでした。

(あくまで私のお願いした弁護士さんからのお話です……!)

 

 

やっとけ!手続き関係

・住民票
(私は新住所を知られたくなかったので、ゴタゴタの相談をした際に警察から支援措置として発行してもらったものを住所変更の際に、役所に提出しました。それ以外の方法はすみません無知で…役所に問い合わせるのがベストかと…)
・子の保育園や幼稚園があればその保護者や連絡先の変更
(連れ去りが懸念される場合には、自分以外のお迎えには応じないように伝える)
・転居届
(郵便局に早めに。これも完了に3~7日程度かかる)
あとは運転免許や職場の連絡先や、引越しした時と同じ手続きでオーケーだと思います。
・職場の扶養関係や住居手当等の手続き
保育所つかっている方は、調停中でも裁判所からそれを証明する書類を発行してもらえば、ひとり親扱いとして、ひとり親の料金で保育所を利用できますので調停中の方はお早めに確認を…

 

 

 

ざざっとココ最近起こったことを思い返しながらまとめてみました。

誰かの何かの役に立つことがあれば良いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

割れたコップを直したかったわたし。

人に読んでもらう文章なので、いつもは下書きをしたり、書き直したりするのですが

今日はお酒を飲んだ勢いで、少しだけ感情的な文章を書く事をお許しください。

 

「1ヶ月」という期間

まず、Twitterを見てないという方に、私の今だ癒えぬ古傷が疼かない程度にアッサリと説明しますと

夫が今流行りのw不倫とやらに興じていた。

もちろんw不倫のwは決して草などではない。

この辺の詳細は本当にしんどいし、警察沙汰になったり精神科にドナドナされたりしたので、割愛。

 

そして、発覚してから離婚を決めて別居するに至るまで

約1ヶ月程度。

それが長いのか、短いのかはわからないが、その1ヶ月の話をしたい。

 

 

案外自分は脆かった

 

発覚して、私がまずとった選択は

「離婚せずにやっていく」

という事だった。今考えれば冷静なつもりで、全く冷静さを欠いていたのかもしれないが、その時はまさに

 

・そんなことをされても夫を愛してる

・娘もまだ小さい。父親を失わせるわけにはいかない

・その女から夫を取り戻さなければ

・私のやっと手に入れたしあわせな家庭を壊される訳にはいかない

 

なんてことがたくさん、グルグルと回っていた。

それでまあ

「こんなことを思い出さないくらいこの先幸せになれればオールオッケイ」

と夫に伝え、やり直して行くことになったのだが

 

 

まーーーーーーフラッシュバックの酷いこと。

職場でやられてたので、仕事に送り出す度、帰りが遅い度に不安で気が狂いそうになる。

そのたび喧嘩をし、約束して導入したGPSはアプリごと削除

いつでも開示に応じるといったスマホには堂々とロック、開示拒否

大幅減額するはずのおこずかいも、普通に持っていき、金ない金ないコール

そして言われる

「終わったことなんだから、早く忘れれば?」

 

今だから言おう

 

お前が言うんじゃねえ。

 

 

そんな感じで

 

もうこってり絞られ落とし前をつけて終わったつもりの夫

そして

忘れることも出来ず、夫の言動にさらに傷を増やし続ける私

は、噛み合わない生活を続けていました。

 

こうなってくると悪循環で

私は

 

・夫の言動によって、気持ちが帰ってきた実感が全く持てないこと

・浮気の不安が常に消えないこと

 

それらによってヒステリックになる日々

(今考えても恐ろしい。本当に感情のストッパーが効かなくて、急にアクセルが全開になるイメージで、強烈な感情の波が押し寄せる状態だった。)

 

そんな姿の私に、さらにイライラと鬱陶しさを増す夫。

 

 

本当に嘘みたいな話だと思ったが、この時の私は

洗濯機の使い方がわからなくなって、冷蔵庫の食材をどうやって料理するかが

全くわからなくなっていた。

そしてわからないことにさらにパニックと自己嫌悪に陥り、いつもなら1時間程度でできることも、1日かけないといけない状態だった。

 

そんな中でも頑なにメンクリ等にはかかろうとしなかった。

なぜか。

 

 

いざって時に、通院歴を引き合いに出されて親権が危ぶまれては困る!!

ぶっちゃけ自分でも引くほど打算的で、しかしなかなかクレイジーな人生を生きてきたお陰で、どっかに冷静な部分が残っていたのかもしれない。

 

そんな鬼メンタルなので、上記のようなやばい状態は長く続かず、割りとすぐに復活はした。

そして、落ち込んだり責めたりしても、なにも変わらない!

相手が変わらないなら私が変わるしかない!!

と、持ち前のプラス思考(?)でまずは普通に生活することを目指した。

 

 

ちょっと待てよと思った日

 

まずは普通に生活することに努めた。

朝はお弁当をつくり、仕事へ送り出す。

帰宅に合わせて夕飯を作る。

夜は二人で過ごす時間を取って……

しかし夫はYouTubeに夢中。会話はちらほら程度。

焦る私、拒否する夫。

 

この時の私の心理状態は

粉々に砕け散った夫婦というコップを、必死で拾い集めて、繋げて、水を注いではどこかから水が漏れ、それを探して埋めてみても、またどこかから穴が開いて漏れ……

 

 

それでも自分が一度「やり直す」と言ったことを反故にすることは何故か絶対にしてはいけないと思っていた。

今思えば

 

一度決めたことを完遂できない自分を許せないというちっぽけなプライドであった。

困難から逃げることを、恥だと思っていたのだと思う。

 

 

そんなしんどい生活の中、ふとワイドショーを見ていた。

某議員と、弁護士が不倫し、子供は不倫をした弁護士が連れて行ってしまい、妻はひとりぼっちになってしまった

という、あの話だ。

 

妻に対して

 

どうして不倫された側が、こんな酷い思いをしなきゃいけないんだ!?

 

と、涙が出るほど同情した。

と、同時に

 

 

あれっ、そういや私、不倫されたのになんで私ばっかりこんな頑張ってるんだ???

あっちは何にも約束守らず、普通に生活してるのに

 

 

なんで私は娘の笑顔に応えられないくらい疲弊してまでここにいるんだ?

 

 

 

そこからじっくり考えてみた。

壊れたコップは、もう、修復不可能なんじゃないか?

それより、そこまでして直す価値が、このコップにあるのか?

 

 

たくさんたくさん考えた。

 

そしてある日、夫を誘ってみた。

夫は、寝室に来ることはなかった。

そして喧嘩になって、夫はまた、心底めんどくさいという顔をしていた。

 

 

いつものよくある喧嘩。

いつもなら次の日に、なんとなく無かったことになっているはずだった喧嘩

でも、その時たしかに私の心の何かが、切れた。あるいは空っぽになったのを感じた。

 

 

次の日の朝、寝ぼけて遅めに起きてきた夫を尻目に

娘を抱いて家をでた。

 

 

それはとても突然で、夫には未だにそれを責められるが

人間の限界というものは、心底突然訪れると体感した。

 

 

匙を投げてもいいじゃない

長々お話しした、上記のような事が

私のここ1ヶ月だ。

 

きっと

 

たった1ヶ月でやり直すことを諦めるなんて、忍耐が足りない

まだ子供が小さいのに、不倫くらいで離婚なんて

 

 

自分でもそう思う部分は多少なりともある。

ただ、私にとってあの1ヶ月は本当に

 

葛藤と希望と絶望がごちゃまぜになった、とても長い1ヶ月だった。

 

それは、夫への愛情に折り合いをつける1ヶ月

どうしようもない事を投げ出す自分を認める1ヶ月

本当に逃げるしか選択はないのかを考え抜いた1ヶ月だった。

 

 

 

そして本当に感謝しているのは

 

投げ出す事を肯定してくれた人たちが

自分の選択を後押しし、支えてくれた人たちが

暖かい言葉で私が許せない私を、私の代わりに許してくれた人たちがいたことが

何より、私に自信と行動力をくれたことだ。

 

 

顔も名前も知らない、言葉をかけたってなんの得にもならない私に、思いを、経験を、情報を届けてくれた人たち。

全員に、握手をして、お礼をして、一緒にお茶したい気持ちでいっぱいだ。

 

これからは、醜くもがくことも多いかもしれないけれど

胸を張って、背筋を伸ばして、幸せだと言えるように生きていきます。

また、自分も誰かの勇気や支えになれたらいいなと思う。

世の中、捨てたもんじゃないね。

本当に、本当にありがとうございます。

親の言葉、呪いの言葉

 

私は、両親が(妹も)ちょっとエキセントリックな家庭で育ちました。


とりとめて自分の家庭環境が劣悪、という気持ちはあまりなかったのですが
(もっと大変な人はたくさんいるし……)
現在は一家離散してるくらいにはエキセントリックです。

 

もちろん親の教育が、影響が全てで私がこんな感じになった!!!

ということは無いのですが

自分も子育て、教育という責任を負うようになり、今後気をつけたい!という気持ちを含め、親から授かりし呪いを紐解いていきます。

 

 


「貧乏」

 

 


これはめちゃくちゃ言われました。
物心ついたころからずっと言われてました。
そして

 

「自分が親になったら絶対に子どもに言わないようにしよう」

 


と思った一言の一つです。
いや、本当に貧乏ではあったと思うんですけど
とにかく貧乏貧乏言われるもんだから、子供の頃

 


「いやだ〜いやだ〜!買ってくれなきゃ動かない〜!!」

 


ってやつやったことはおろか、駄々こねた記憶もないです。
とにかくお金がかかる=親の負担という構図が出来上がり
負担をかけないようにしなければ、という思いがとても強かったです。

 


常になにかにお金をかけるときはその対価を強く求められたので
行きたい大学、やりたい学問、目指すものは
いかにお金をかけずに将来稼げるようになるか、という観点のみでした。

 


ここでよく

 

「本当にやりたいことなら自分で奨学金を借りるなり、バイトするなりして努力すればよかったじゃん!それだけ本気じゃなかったんだよ!」

 


的なことを言う人が絶対にいるんですけど
ちゃうんですよ。

貧乏という呪いをかけられて育った人間は
お金がない=地獄≒死ぬしかないくらいの強迫観念が植え付けられてます。

 


そういうこと言えちゃう人は、多分おうちがちゃんとしてて、結局なにか失敗しても戻るところがある人か、自分に絶対的な自信を持って生きてる人なんだなあっていう感じです。

ひねくれてるかもしれませんが。

 

 

「結果を出して」

 

 


まるでノルマを課された会社員みたいな言葉ですが。


勉強しなさいって言ったこと無いの~

 

が母の自慢でした。


で、ある時すごく自分なりに努力したテストで成績が振るわなかったとき

 


「点数が取れないってことは、勉強してないってことでしょう。
頑張った?でもちゃんと取れてないよね。」


「ちゃんと順位とれれば勉強しなくてもいいよ。」

 


とまあ、結果=努力の量=評価対象みたいな。
結果が良ければ課程は関係ない。ともとれる方針でした。
ので、私にとって勉強は、なにかを学ぶということよりも
いかに効率的に点数をとるか、という作業でしかありませんでした。
今でも勉強なんて大っ嫌いです。

 

 

 

 

「お前みたいのはごまんといる」

 

 


結構これが響いてますね。
昔からうぬぼれは恥、謙遜は美德みたいな教育方針だったので
とにかく

 

「別にお前はとりとめて可愛くない」的なこと念押しされてました。

 

 

褒められたことと言えば、絵が得意でよく賞をとったりすると褒められてましたが、それも小学校まで。

そこからは自分よりも上手い人がいくらでもいて、結局なんの取り柄もない人間として落ち着きました。

ここらへん、今の自己顕示欲というか、自己承認欲求みたいな部分の根源かなって思うんです。

 


自分はナンバーワンでもオンリーワンでもない。
じゃあ自分はどんななの?

 

 

という気持ちは今でもずっと引きずってます。
見出しのセリフは、私が目指したい職業が芸能系で、どうしても目指したいと相談した時に言われた言葉でした。
たしかに実らないことの方が多い世界です。

 


たしかに親になってみれば、そんな将来の保証なんて全くない世界に飛び込まんとする子どもの身を案じての言葉かもしれません。

 

でもその言葉が、私は今の今まで忘れられずにいます。

 

 

 

私怨混じりになってしまいましたが
今が一番子どもだった自分と、親になった自分の両方がある時期だと思うので
「・・・もうだめだ・・・私が私であるうちに・・・・」
という感じでそのうち親100%になっちゃうかもしれないので書きました。

 


やっぱり、親の言葉って呪いにも魔法にもなると思うんです。
ひとりひとり子どもも違えば親も違うので、難しいのかも知れませんが

 

将来娘には心に残る暖かい言葉だけ与えたい。

 

どんなに何気ない一言でも、それが子どもに与える影響の大きさをよく肝に銘じて娘と接することを、ずっと大切にしていきたいです。

 

 

 

 

母親は「役割」


あまり括りを大きくすると
また怒られてしまうと思うんですけど

 

 

母親というものを生き方だと思っている男性

 

 

結構いますよね。

出産して、たしかに女性は母親になります。
ただ、それはあくまで家族という集団の、母親という役割が増えるということです。

 


役割とは、社会で生活する上での自分の立ち位置や、つながりのこと
これは、人が生活するうえで複数持っていることが多いです。

 

例えば、子供がいる既婚男性は、夫、父親といった家庭内の役割から、仕事でのポストなど、社会的役割などがあります。


これは多くは自分で選択し、そしてその役割を遂行していきます。
上にも記したように、父親というのも役割です。
母親というのも役割です。しかし母親というのは子どもとの関係性です。

 

生き方というのは、その人のアイデンティティーであり、嗜好や性格です。


温厚で、早起きが好きな、30歳の男性。


そういった要素が生き方に関わってきますよね。
ここで、役割と生き方は違うとわかるはずです。

 

しかし、子どもが小さい時はとくに、母親が24時間必要があれば子どものために対応する事が多いです。

 

そんな妻を見て、母親になったのだから、24時間母親だ、と無意識に思い込んではいないでしょうか。

 


では、会社で部長の男性は、24時間部長でしょうか。

 

 

きっと違いますよね。

 

家に帰ってきて、子どもと遊んでいる間は父親でしょう。
子どもが寝て、妻と今日の出来事を話している時は夫ですよね。

 

母親だってそういう一時的な役割に過ぎないのです。

しかし、世の中は24時間母親であることがさも当たり前のようになってはいないでしょうか。

 

 

 

私が女性なので女性の話ばかりになってしまいましたが


逆に、女性が男性に対して父親を生き方として要求する場合もありますね。
もちろん、そういう女性も、

 

自分が母親という役割でいっぱいいっぱいになって、24時間母親をしているから、役割と生き方の境が曖昧になっているんだと思います。

 

 

「私が24時間母親なんだから、あなたも24時間父親でいなさいよ。」

 

というのは気張りすぎだな、と思うんです。

 

 

ずっと母親じゃなくていいし、父親じゃないパートナーも、大切なパートナーに違いありません。別人なんかじゃないです。

 

 

そこを受け入れるところが、女性の場合は1番重要かなと思います。

 

 

母親、父親というのは、あくまで家族という集団の役割です。
生き方ではありません。

 

そこを曖昧にしていたら、子どもが巣立った時、どう生きたらいいか分からなくなるんじゃないかと思うんです。

大切なパートナーと、どう接していいかわからなくなると思うんです。

 

ずっと先のことではなく、今の関係性を見直してみませんか。

私は母性がない

母性は出産で

 

私の母は、私を産んだ時

 

 

「なんて可愛い子なの!この子のためならなんでもできるわ!」

 


と思ったらしい。

 
正直、私は全く理解できなかった。


さらに言えば、お腹にいる時は大きくなっていくことへの喜びや動いた時の嬉しさはあったが

仕事をしているときの煩わしさや、体調不良への苛立ちの方が多かった。

 


とてもとても不安だった。

 


自分は母親になっていいのかとすら思った。


テレビや本には愛おしそうな視線でお腹を撫でるお母さんのイメージ


現実とのギャップに押しつぶされそうだったが
きっと、出産すればそのイメージのような「お母さん」になれる
一縷の希望を抱いていた。

 

 


しかし、現実私が出産した時思ったことは

 


「やっと終わった。」「旦那にそっくりだ」だった。

 


必死で「ちいさい、かわいい。」と小さくひりだした声が、今もビデオに残っている。
入院中も疲労感と不安で、とにかく疲れたという印象しかない。

 


本当に絶望した。

自分には、母性がない。

 

 

母性がないという思いは家に帰ってさらに強くなった。


終わりの見えない寝不足。ボロボロの乳首。
鏡を見れば生気のない虚ろな目で、荒れた肌のむくんだ女がいた。

 


さらに、私は授乳時に耐え難い気分不快を起こしていた。

 

 

慈愛に満ちた表情で、おっぱいを飲む子どもを優しく抱く。

 


そんなものはどこにもなく、ただただ暴れ出したいような、イライラというか、気分がずんと落ちるような感覚を誤魔化すようにスマホを操作する。
夫はそれを見て、不愉快そうな顔をしていた。
必死で気を逸らさないと、こどもを放り投げてしまいそうだった
そのことも、私を酷く絶望させた。

 

 

「母性がないとバレたら、異常者として後ろ指をさされ、子どもから離されるのではないか」

 


という恐怖から、誰にも言えず、じっと一人で自分は母親の資格がない、と思い
こんな人間の元に生まれてしまった子どもに申し訳なさでいっぱいだった。

 

 

気付きは唐突に

 

そうこうして、半年ほどが過ぎたとき、夢を見た。

 


詳細は思い出せないが、子どもと離されてしまう夢だった。
必死で探しても見つからない。ベビーベッドからいなくなった子どもは
どこにもいなくて、もう会えないことを理解した。
ボロボロ涙が出て、耐えられないほどの大きな喪失感で暴れまわった。
受け入れられなくて、家を飛び出して、走って走って

 


そうして、目が覚めた。
寝ていたはずなのに、嗚咽が止まらないほど泣いていた。
心臓がどきどきして、ベッドの横のベビーベッドを焦って覗くと
そこにはすやすやと大の字で眠る子どもの姿があった。

 

 

次の日ぼーっとその夢を思い出した。
子どもが生まれて、今の今まで欠かすことなくオムツを変えて
ミルクをあげて、夜は起きてあやして

母性がないと思っていた自分はそれらを
責任とか、義務感でやってるような後ろめたさがあった。
でも、子どもに会えなくなることが、あんなにも自分にとって耐え難いことになっていた。

 

 

 

・・・・もしや。これが母性ってやつなのでは。

 

 


そう思ったら、なんだか子どもの笑顔がとっても尊いものに思えた。
「おかあさん」のスタートラインに立てた気がした。
こんな私でも、この子のために必要だと思えた。

 

 

母性が子どもが生まれてすぐ出るなんて、嘘だ。
そういう人もいるのかもしれないが、そうじゃない人がいたっていいじゃないか。
母性なんて美化されて神格化された言葉にまどわされなくていい。


子どもが好きだ。可愛い。愛おしい。失い難い。それでいいじゃないか。


子どもが生きている。自分が必死で生かしている。

それだけで私たちは母親じゃないか。

 


いい母親を目指すのは、もっと先でいい。
今はまず、母親になることだけで精一杯の自分を
もっと許していきたいと思う。